Abstract
日常生活において,ディスプレイ上での作業に集中しなければいけない場面は多く存在する.しかし,作業のような退屈なものに対して集中を維持することは難しい.また,動画の視聴のようなコンテンツ体験に対して集中したいときでも,SNSの通知などによってその集中が阻害されてしまうこともある.そこで本研究ではPCのようなディスプレイ上における集中の維持・促進を行う手法について検討する.集中ができない,または維持できない理由としては,集中を阻害する要因が存在すると考えられる.例えば知覚的鋭敏化という,本人にとって価値がある情報は意識的に無視できないという人間の特性によって,Web上での情報収集中に関係ない情報を探し始めてしまうといったことが起こりうる.他には画面端に表示されたSNSの通知によって,映画の視聴中やゲームのプレイ中における没入感や臨場感が失われてしまうといったこともある.このように集中できなくなってしまうのは,ディスプレイ上に存在する情報量の多さが原因ではないかと著者は考えた.特に,人間の視野特性である周辺視野は無意識的に情報を処理するという機能を有しているため,この周辺視野の情報量を削減することができれば集中の維持や促進につながると考えられる.情報量の削減にあたっては,ディスプレイ上の周辺視野に該当する領域を黒く塗りつぶすなど様々な方法が考えられる.しかし,黒く塗りつぶすような方法だと,必要な情報も削減してしまう可能性が大きく,そもそも普段のディスプレイ環境とは視覚的な差異が大きいため,邪魔に感じたり違和感を覚えたりすることになりかねない.ここで,周辺視野には有効視野と呼ばれる,ものの認知に大きく関わる領域が存在することが知られている.さらに有効視野には,集中するとその領域が狭窄するという特性があることがわかっており,このことから有効視野が狭窄しているような感覚を抱くことができれば,逆に集中状態を誘発できる可能性がある.そこで,有効視野が狭窄しているとき,周辺視野でとらえている視界は普段よりもぼやけて見える状態であるという特性から,周辺視野の映像のぼかしを強調することによって,有効視野が狭窄している感覚を引き起こすことができるのではないかと考えた.これによって情報量の削減を行いつつ,ぼかしの特性から一定量の情報量は維持できるため,適度な情報量の削減が行えると考えられ,集中の維持や促進につながると期待できる.さらに,ぼかしが面白さなどの印象を増幅させることがわかっているため,印象の増幅によってコンテンツ体験においても,集中の促進が行えると考えられる.以上のことから,ぼかし強調によって情報量の削減,有効視野狭窄の演出,印象の増幅ができると考えられ,これら3つの要素によって集中の維持や促進が行えると期待される.そこで,これら3要素についてそれぞれ小仮説を立て,実験を行い検証することで提案手法の有用性を調査する.まず,印象の増幅によって期待される仮説は,ゲームや動画などのコンテンツに対して集中できるようになることであり,この仮説を検証するための実験をコンテンツ体験拡張実験とする.次に,有効視野狭窄の演出によって期待される仮説は,作業のような課題に対して集中しやすくなることであり,この仮説を検証するための実験を集中促進実験とする.最後に,情報量の削減によって期待される仮説は,何かに集中している際にその集中を妨害するようなものが表示されてもその集中を維持できるという仮説であり,この仮説を検証するための実験を集中妨害抑止実験とする.これら3つの小仮説をもとにした実験を行い,ぼかし強調手法によって集中しやすくなるのかを検証する.まずコンテンツ体験拡張実験の目的は,実際に発売されているビデオゲームに対してぼかし強調を行い,そのゲームプレイに影響を及ぼすかの調査である.4種類のゲームに対して実験を行った結果,ゲームプレイにおける印象を増幅すること,集中しやすさは向上するが見えやすさといった生理的印象を低減させること,その技術力には影響を及ぼしていないことを明らかにした.集中促進実験の目的は,日常的な作業を想定した課題を3種類用意し,パフォーマンスや客観集中度に影響を及ぼすかの調査である.3種類の課題に対して実験を行った結果,ぼかし強調が及ぼす課題に対する主観的な評価への影響は小さいこと,また生理的印象については,心地よさ具合と見えやすさを低下させ,集中しやすさが向上すること,目の疲れにはあまり影響を及ぼさないことが明らかになった.さらに客観集中度については,ぼかし強調によって向上すること,作業のパフォーマンスについては,2課題において向上することが明らかになった.最後の集中妨害抑止実験の目的は,知覚的鋭敏化のような集中の阻害となる対象に対してぼかし強調を行うことで,その集中の阻害を抑止できるかの調査である.実験ではボタンの点消灯する順番を覚えるという記憶タスクの周囲である周辺視野領域において,知覚的鋭敏化を引き起こすと考えられる自分自身の名前を提示した.その結果,ある程度のぼかしの強さで強調を行うことで,知覚的鋭敏化を抑制することが可能なことが示された.また,ぼかしの強さが一定の範囲内であるときには,知覚的鋭敏化は人の集中力や記憶力に対して良い影響を及ぼす可能性が示唆された以上の実験結果から,3つの小仮説が立証され,ぼかし強調手法の有用性が示された.