Abstract
デジタル環境の普及により,独学でイラスト制作に挑戦する初心者が現れた.こうした初
心者がイラストを反復練習する方法として,デッサンや模写,スケッチといった描画対象を
そのまま描き写す手法があり,専門学校や美術教室でも広く用いられている.このような描
画対象をそのまま描き写すイラスト描画で違和感のない作品を仕上げるためには,描画技
術も大きく関係するが,見本を観察することが重要である.しかし,初心者はイラストを描
く際に描くことを意識しすぎてしまい,描画対象の観察をおろそかにしてしまう問題があ
る.また,錯覚によって認知がゆがむなどの原因で,練習を積まなければ一人で十分に観察
をすることは難しいという問題も存在する.
これらの問題を解決するためには,初心者に対して,描画対象と自身の絵を十分に観察,
比較させることで,観察対象の特徴,自身の絵の修正点への気づきを促すことが必要である.
一方で,初心者に観察を指示したとしても,観察して頭の中で考えているだけでは十分な観
察に至らないことも多い.
そこで著者は,一人で十分に観察を行うことが難しいイラスト制作初心者に対して観察
を促すことを研究目的として研究を行った.ここでは観察を促す方法として気づきの言語
化に着目し,ただ観察させるのではなく,観察したことを言葉にして表出させることにより,
その観察が明確化され模写を行う際に有効に働くと考えた.
この手法の有効性を検証するために,模写する際に観察時に見本の特徴を言語化させる
実験を行った.実験により,細かい部分の書き込みが増えること,パーツの配置や大きさに
ついて大きく見本とずれてしまうことを明らかにした.
この結果を踏まえ,見本とのずれの原因について考察を行った.考察と調査の結果,言語
隠蔽効果という非言語情報を言語化した際に,対象を誤認してしまう,また認知がゆがむ現
象が見本とのずれを引き起こしていると考えた.さらに言語隠蔽効果について調査を行っ
たところ,言語能力が高い人ほど言語隠蔽効果が抑制されることや,反省的言語化を具体的
にすることで洞察課題の解決が促進されることが分かった.
そこで言語化を具体的にすることで言語隠蔽効果が抑制できるのではないかと考え,画
像を視点ごとに分割したうえで言語化させる手法を提案した.そして,その手法によって言
語化が変化し,観察をより深く多面的に行えるようになるか検証するため,模写における描
画対象の特徴を言語化する実験を行った.その結果,提案手法によって言語化が多面的,具
体的な内容となり,描画対象全体に対して観察が行われることを明らかにした.
この実験では画像分割言語化手法の有用性を明らかにしたが,実際に模写をする環境で
も初心者が一人で十分に観察できるようにするため,画像分割言語化手法を搭載した観察
支援システムを構築した.このシステムが観察を十分に促すことができるかを検証するた
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め,模写実験を行ったところ,実際に初心者が一人で模写をする環境において,初心者自身
では気づかないような視点について観察を促せることを明らかにした.