Abstract
車の運転は非常に便利な移動手段である一方,習熟するまでに時間を要する.特に初心者ドライバや運転に苦手意識を持つひとにとっては事故のリスクが高まる可能性がある.運転に苦手意識を持つ人が特に課題を抱えやすい状況には,駐車,車線変更,高速道路など様々あるが,本研究ではカーブ走行に着目した.カーブ走行は,ハンドルを回すタイミングや量を,目で見た景色と腕の感覚で習得する必要があり練習に時間を要する.そして,カーブ走行が未習得の状況で走行すると,カーブ中にハンドルを必要以上に調整してしまったり,カーブ後にハンドルを切り戻しすぎたりするなど,不安定な運転になってしまう.よって,なめらかなカーブ走行を習得することは重要である.
そこで本研究では,操舵角(ステアリングホイールの回転角度)に連動して段階的に離散変化する音を再生することにより,感覚的に操舵角を把握可能とする手法「ドレミハンドル」を提案する.音は,その音階のサイン波が鳴るようになっている.本手法により,ユーザはカーブ走行において,視覚と腕の感覚だけでなく,聴覚でも操舵角の変化を把握することができるため,運転技能の向上が期待される.
本研究ではまず,ドレミハンドルの有用性を検証するために,単一なカーブを繰り返し走行する際の提案手法の有無がどう影響するか比較する実験をドライビングシミュレータを用いて行った.その結果,ドレミハンドルを使用する方が,使用しない場合より修正舵が減少し,ハンドルを回す速度が遅くなる傾向がみられた.しかし,同じカーブを何度も繰り返し走行する実験であったため,実験自体に飽きが生じやすく,実験協力者の実力を調査しにくいという問題があった.
次に,複数種類のカーブを用意し,実験全体を3つのフェーズに分けることで,実験参加者が実験に飽きづらく,実験協力者の実力を調査しやすいものに改良した.その結果,ドレミハンドルを使用する方が,使用しない場合よりも修正舵が減少する有意差が確認された.
しかし,それまで使用してきたドライビングシミュレータには,実際の道路にあるような複合的なカーブが存在しなかった.そこで,より車体の挙動がリアルに近く,複合的なカーブが存在するコースを走行可能なドライビングシミュレーションソフトAssetto Corsa上にドレミハンドルを実装し,検証を行った.その結果,提案手法を使用する方が,使用しない場合よりも修正舵が減少する有意差がみられた.さらに,ドレミハンドルを用いて運転練習をした後に,その音提示を無くした場合の走行においても,ある程度効果が持続する傾向が明らかになった.
そして,実車においてもドレミハンドルの効果がみられるか検証するため,実車向けのドレミハンドルを実装し,自動車会社内のテストコースを用いて検証を行った.車速維持訓練においてドレミハンドルを使用し実験を行った結果,ドレミハンドルを使用すると車速維持に意識を向けつつ,修正舵を減少させる可能性がみられた.
加えて,ドレミハンドルの効果を高めるためのお手本を提示する手法の提案を行った.
走行前に熟練者のお手本動画を視聴する手法と,カーブに入る直前にお手本の音を提示する手法を提案し,それぞれ走行にどのような影響を与えるか検証を行った,事前にお手本の動画を視聴した群では,記憶に基づいて安定した走行が可能となり,お手本提示を無くした試験走行でもその効果が持続したのに対し,直前に音を提示された群では特に難易度の高いカーブにおいてお手本に近い走行が可能になる効果が見られたものの,提示が終わるとその効果が小さくなってしまう傾向にあった.
これらの多様な条件下による実験を用いて,ドレミハンドルの有用性について述べ,実世界においてもドレミハンドルが有効になる可能性が示唆された.
Information
Book title
明治大学大学院 先端数理科学研究科 修士(工学)
Date of presentation
2025/02/12
Citation
松田 さゆり. ドレミハンドル: 操舵角に応じた音提示による運転練習手法, 明治大学大学院 先端数理科学研究科 修士(工学).