学位論文

視線に連動したぼかし深度制御が記憶対象の記憶容易性に与える影響の調査

Abstract

記憶は,人間の経験や知識を蓄積し,それを活用する能力の中核をなす重要な要素である.特に,学習プロセスにおいて効率的に情報を記憶し,活用することは,個人の成長や社会的成功に大きな影響を与える.特に単語学習のような記憶を要する学習活動では,情報を短期的に覚えるだけでなく,長期的な記憶に定着させることが重要である.そのためには,繰り返し学習が欠かせない.繰り返し学習は,記憶の強化と知識の維持に効果的であることが多くの研究で示されており,間隔を空けて復習を行う「繰り返し学習」などの手法は,単語の定着率を向上させる有効な方法として知られている.しかしながら,繰り返し学習は単純である一方で,多くの学習者にとって困難な側面も伴う.一つには,学習を継続するためのモチベーションを維持することが難しい点が挙げられる.単調な作業が長期間続くと,飽きや疲れによって学習が中断されることが少なくない.また,どのタイミングでどの単語を復習すべきかといった計画的な学習管理が必要であり,これを適切に実行することも,多くの学習者にとって課題となる. そこで本研究では,繰り返し学習にかかる労力の問題に着目し,覚えたい重要な個所の上に視線に連動して深度が変化するぼかしをかけることで,その箇所の記憶効率を向上させる学習支援手法を提案する. 提案手法の有効性を検証するために,ぼかしがかかっている文字列に視線を向けると段階的にそのぼかしが弱くなっていくシステムを実装し,架空の記憶対象の特徴情報を用いた実験を実施した.実験では,実験協力者に対して,視線に連動したぼかしが適用された条件と,ぼかしが一切かかっていない条件の両方で記憶課題を実施してもらい,その後,記憶内容に関するテストを実施した.その結果,視線に連動したぼかし条件においては,テストの得点がぼかしなし条件に比べて有意に高い成績を示すことが明らかとなった.さらに,正解を導いた単語に対しては,実験協力者の視線が長時間その箇所に固定されていたことが確認され,視線の維持時間と記憶の定着との間に相関が見られた.これらの結果は,視線に連動した動的な視覚効果が,実験協力者の注意を効果的に誘導し,結果として記憶の効率化に寄与する可能性を示唆するものである. しかしながら,単にぼかしを適用した場合において,実験協力者が記憶すべき対象が視覚的に目立つだけで,他の強調手法と同様の効果が得られているのではないかという疑念が生じた.そこで,比較対象として,黄色のマーカーでハイライトした条件も設定し,再度実験を行った.その結果,視線に連動したぼかし条件は,黄色ハイライト条件に対してもテスト成績が有意に高いことが確認された.これにより,単に重要箇所を視覚的に目立たせるのではなく,ユーザの視線操作と連動して動的に流暢度を変化させる点が,記憶効率向上において有効であることが示唆された. 次に,本研究の提案手法を実際の学習シーンに応用するためのシステム拡張を行った.従来の実験では,架空の記憶対象として箇条書きの特徴情報を提示していたが,実際の学習環境では,教科書や授業で作成されたノートといった既存の記憶対象から学習者自身が重要だと判断する箇所を選定する必要がある.そこで,あらかじめ用意された記憶対象の文章や画像に対して,ユーザがマウスやタッチ操作等でその上をなぞることで,該当部分に対して視線に連動したぼかし効果を適用できるシステムを設計した.実利用実験では,学習者が同一の文章を対象に,視線に連動したぼかしを用いた場合と,ハイライトを用いた場合とで,学習後のテスト成績を比較検討した.その結果,実験協力者が同程度の時間文章を閲覧した場合でも,視線に連動したぼかし制御を利用した学習条件においては,ハイライト条件に比べてテスト得点が有意に向上することが確認された.また,実験結果からは,生物系のテーマに関する文章においては,視線に連動したぼかし効果の差が物語系のテーマに比べて顕著に表れる傾向が認められた.さらに,視線に連動したぼかしを利用した場合の方がハイライトを利用した場合に比べてマークされた箇所における正答率が高くなることが明らかになった.このことから,視線に連動したぼかし深度制御は,学習者が自ら重要と判断した情報に対して自然な形で注意を集中させる効果的な手法であるといえる. また,本システムのユーザビリティについても,実験協力者へのアンケート調査を実施したところ,システムの使用感に関しては不快感や操作性に対する不満がほとんどなく,実際の学習現場においても容易に利用可能であるとの評価が得られた.これにより,視線に連動したぼかしによる学習支援手法は,従来の単調な復習方法に比べ,学習者の積極的な注意の誘導と記憶の定着を促進する効果的な手段として,教育現場や自己学習のサポートツールとして実用性が高いことが示唆された. 以上の実験と分析から,視線に連動したぼかし深度制御手法が単語の記憶容易性を向上させるのに有用であること,そして提案システムが実際の学習現場においても容易に利用可能であることが示唆された.

Information

Book title

明治大学大学院 先端数理科学研究科 修士(理学)

Date of presentation

2025/02/12

Citation

青木 柊八. 視線に連動したぼかし深度制御が記憶対象の記憶容易性に与える影響の調査, 明治大学大学院 先端数理科学研究科 修士(理学).