学位論文

自身のみが聴取可能な音楽によるプレゼンテーション支援手法

Abstract

プレゼンテーションは情報伝達や発表者と聴衆を繋ぐコミュニケーションの手段として,社会のあらゆる場面で用いられている.近年では,スライド作成ソフトウェアが普及し,特別な技術を必要とせず誰でも図や文章を自由自在に操り,スライド資料を作成できるようになった.そのため,誰でも様々な情報を聴衆に提示しながら本格的なプレゼンテーションを行うことができる.しかし,行われるプレゼンテーションの数が増えたことにより,聴衆にとっては情報過多となる問題が発生している.例えば,ある学会では1日に10数件のプレゼンテーションが行われており,これらすべてのプレゼンテーションを聴き続けることは容易ではない.その一方で,発表者にとっては自分が行うプレゼンテーションは1件のみであり,少しでも多くの聴衆に話を聞いてもらい,興味を持ってもらいたいと思うことは必然である.そこで重要となるのが話の内容をどれだけ上手く伝えられるかというプレゼンテーションスキルである.どれだけ話の内容が興味深いものであっても,それをただ淡々と述べるだけのような,聴衆のことを意識しない話し方では聴衆に不満を与えかねず,話の内容にも悪印象を抱かれかねない.聴衆に良い印象を残すためにも,簡潔に伝わりやすいプレゼンテーションを行うことが重要である. そこで,発表者は伝わりやすいプレゼンテーションを行うために様々な準備に取り組むことになる.ここでは資料の精査や発表の練習といったものが一般的で,これらは繰り返し取り組むことで十分な効果が期待できる.しかし,これらは主に発表前に取り組むものであり,発表中に起こりうる様々な事態に対して不十分な点がある.その1つにまず緊張があげられる.緊張は発表者の冷静さを奪い,話す内容を忘れてしまうことや,緊張している様子が聴衆に伝わってしまうといった悪影響が予想される.本番の回数を重ねることで緊張は徐々になくなっていくものであるが,初心者には避けづらい事態の1つである.また,発表中の適切な声の大きさについては,会場に実際に行かなければ把握できないため,練習時のものでは会場に行き渡らせるには不十分な可能性がある.さらに,長時間のプレゼンテーションでは疲れにより声が小さくなることも考えられる.その他,広い会場で自分だけが話すという特殊な環境から,発表者は間を詰めて話してしまい,その結果プレゼンテーションのテンポが速くなってしまうことがある.本論文ではプレゼンテーションに悪影響を及ぼす要素として,この緊張することと声が小さくなること,テンポが速くなることの3つに着目し,これらの影響を可能な限り小さくし,伝わりやすいプレゼンテーションを行うための発表中の支援について考える. そこで,伝わりやすいプレゼンテーションを行うための支援手法として発表中の音楽聴取に着目する.音楽聴取が人間に与える影響は多々知られており,それらを応用することで上記の3つの悪影響に対応できる可能性がある.まず緊張については,音楽療法で知られるような音楽のリラックス効果をプレゼンテーション中の発表者に適用することで,緩和できる可能性がある.次に声の大きさについては,雑音下で行われた人間の発話は聞き取りやすいものになるという現象で知られるロンバード効果を用いる.プレゼンテーション中の発表者に音楽を聴かせることでこのロンバード効果を誘引できれば,発話を聞き取りやすいものにし,声の大きさの向上も期待できる.最後にテンポに関しては,音で人間のパーソナルテンポを引き込む現象を用いて,適切なテンポの音楽を聴かせることで,テンポを聞き取りやすいものに維持することができると考えられる.また,Xperia Ear Duoのような遮音性の無いイヤフォンを用いることで,外の音を遮断せずに発表者のみが音楽を聴くことができる. 以上の点を踏まえて,本論文ではプレゼンテーション中の発表者に音楽を聴かせることで,上記の悪影響を受けずに伝わりやすいプレゼンテーションを行うための支援手法を提案し,それぞれの悪影響について実験を行い,本手法の有用性を検証した. まず緊張について調査した実験では,音楽に穏やかな曲調のジャズミュージックを用い,これを聴きながら行ったプレゼンテーションは,聴かずに行ったプレゼンテーションのときよりも感じる緊張が有意に低くなることがアンケート調査により明らかになった.また,プレゼンテーションが不得意な人にとっては話しやすさが向上する傾向も示唆された. 次に声の大きさに関して調査した実験では,15分の比較的長めのプレゼンテーションを行ってもらい,音楽にはプレゼンテーションの尺と同じクラシック音楽のボレロを用いた.この実験の結果,後半に盛り上がるボレロの曲調に合わせて声の大きさが向上することが確認された. 最後にテンポに関する実験では,BPM100,80,60の3種類の音楽を用いて聴衆による客観評価と話速度の2つの観点から音楽聴取の影響を調査したところ,BPM60の音楽を聴取したときにプレゼンテーション序盤において,聴衆にとって適切なテンポに制御可能である傾向が示唆された. 以上の3つの実験結果より,プレゼンテーション中の音楽聴取により緊張・声の大きさの低下・テンポの加速の3つの悪影響を低減できる可能性が示され,提案手法の有用性が示唆された.

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Book title

明治大学大学院 先端数理科学研究科 修士(工学)

Date of issue

2020/02/12

Citation

徳久 弘樹. 自身のみが聴取可能な音楽によるプレゼンテーション支援手法, 明治大学大学院 先端数理科学研究科 修士(工学), 2020.