Abstract
ファッションは人々が着用する衣服の種類等によって様々な自己表現が可能である.しかし,数多くの衣服の中から着用する衣服を選択することや,自身が着る機会のない色や雰囲気の衣服を購入することは難しく,これらのことが原因でファッションに苦手意識をもつ人は少なくない.
実際に,クラウドソーシングを用いて2000人に対して実施したファッションに対する調査を行い,ファッションに対して興味があるけれども苦手意識をもつ人の実態を明らかにした.有効回答数は1925名(女性:946名,男性:979名)である.調査の結果,ファッションに少しこだわりがある人の中で衣服の色や系統を変えてみたいけれども,いつもと違う衣服を着用してみたら違和感を感じてしまい,結局いつもと同じ色や系統の衣服を購入してしまうといった傾向がある人は多いことが明らかになった.
そこで私は,ファッションに対して興味があるけれども苦手意識をもつ人のネガティブな意識をポジティブな意識に変えることが重要ではないかと考えた.そして本研究では,そのような抵抗感の要因の一つとして考えられる衣服の色に注目した.ここで,特定の対象に繰り返し接することで,その対象への好感度や印象が高まる「単純接触効果」という心理特性があるが,私はこの心理特性を用いることで意識改善が可能になるのではないかと考えた.そしてこの心理特性を用いて,自分自身が映っているライフログ写真においてユーザ自身の着用している衣服の色を着る機会のない色,苦手な色に変化させ,その写真に日々触れることで単純接触効果によりファッションに対する意識変化を促すことができるのではないかと考えた.
まず,ファッションに興味はあるけれども苦手意識をもつ人が,自身が映っている写真の衣服の色が変化した写真を繰り返し見ることで,意識変化が促されるという仮説を検証するために実験を行った.その結果,本手法が人の意識変化促進に有効であることが明らかになった.また,自身が映った写真の中でも新たに撮影した写真よりも,ライフログ写真の方が親近性選好により単純接触効果が現れ,意識変化が促されることも明らかになった.そして自分自身が映るライフログ写真の中でも,複数人で映る写真よりも自分自身のみが映る写真を見た時の方が,自身の写真を見ることによる抵抗感や恥ずかしさといった公的自己意識や色に対する違和感から単純接触効果が現れにくいことも明らかになった.以上の実験より,自分自身も含めた複数人で映っているライフログ写真の自身の着衣色を変化させた写真を繰り返し呈示することで,単純接触効果によりファッションに対する意識変容が可能であることが明らかになった.
実験より提案手法が人の意識変化促進に有効であることが明らかになったため,次に提案手法のシステム化を行った.具体的には,ユーザがこれまで撮影したライフログ写真の中から,ユーザ自身が着る機会の少ない色(非着衣色)を推定し,ライフログ写真の着衣色を非着衣色に自動で変化させる.そして,着衣色を変化させた写真をユーザのスマートフォンの通知機能を用いて繰り返し呈示を行うというものである.
次に実装したシステムについて,ライフログ写真からの上衣の判定精度,非着衣色の判定精度,着衣色変化の精度評価をそれぞれ行った.まず上衣の判定精度については,そもそもライフログ写真の内容によっては認識ができないことが多く,ライフログ写真を工夫するか,上衣の判定精度を改善する手法を実現する必要があると考えられる.また,非着衣色の判定精度についても,写真によっては光の加減により誤認識をしてしまう例もいくつか見られた.そのため,今後は写真自体の光加減を考慮できるような色判定を行えるように,システムを改善する必要がある.そして着衣色変化の精度評価については,写真によって着衣色変化の精度にばらつきがみられることが明らかになった.また,システムをユーザに使用してもらいフィードバックを得た.システムを使用したユーザからのフィードバックより,ユーザ自身にとって抵抗感の少ない写真を選定し,またその写真が撮影された日付情報と合わせてユーザに通知することが,ファッションに対する意識変化により効果的である可能性が示唆された.
本提案手法では,ユーザが着用している上衣の着衣色のみを変化させた写真を繰り返し呈示した.しかし,衣服には上衣だけでなく下衣や帽子などといった様々なアイテムがある.そのため,今後は別のアイテムについても色変化を行い,ユーザに呈示するシステムも期待される.また,現在のシステムは非着衣色推定,着衣色変化,画像呈示のそれぞれが独立したプログラムとして動作しているため,システムの実用化を実現するためには3つのモジュールを全てまとめて1つのシステムにする必要がある.そして,本提案手法ではユーザが日を跨ぐことなく,短時間で写真を繰り返し見ることで意識変化が可能である.そのため,今後はユーザが自身の衣服を購入する前に本システムを一度利用するだけで,ファッションに対する意識変容が可能なシステムの実用化を目指す.